February 28, 2008

2/28(木) 掛川・晴

 ううう,寒い。もう3月になろうというのに,今年は冬将軍が最後の最後で粘ってくる。この調子で行くと,来週の札幌行きではエライことになりそうな予感。飛行機が無事飛べば良いのだが。

 風邪引いて鼻ぐずぐず状態。ちょっと微熱もアルっぽい。頭痛も少々・・・な状態で初英会話教室。高校生も混じって中々よい雰囲気。しかし・・・brush upの道は険しいよな。まごついちゃって全然会話ができんぞ。半年やって効果が出ないようなら早々にあきらめるべきか。うーん,とにかく予復習をきっちりやってしばらくは頑張るしかないな。

 うう,ちょっと限界に到達したっぽいので,今日はもう風邪薬飲んで寝ます。

Posted by tkouya at 9:29 PM

February 25, 2008

2/25(月) 掛川・?

 うっひ〜,先日NA Digestに投稿した記事そのまま載っちまったよ〜。恥ずかし〜。・・・ま,んなこたともかく。
 既に5人(+1?)の方からメールを頂戴して,大体のことが分かってきた。箇条書きにしてみると・・・

 ・少なくともワシのプログラムのミスではなく,既知の問題だった。glibcのバグ(と言っていいのかどうか?(後述))として報告済みである(まだ完全にfixされていない,特にx86_64では・・・)
 ・そもそも,IEEE754では初等関数を規定していないので,丸めモードを変更した時点でどんな値を返そうとbugとは呼べない(という議論が既になされている)
 ・SuSE 10.0では問題なかった・・・でもpure double precisionで計算しているため,どのモードでも全く同じ値が返ってくる。Fedora 8でもgcc -O3でコンパイルするとこの状態になる。-O2, -O1ではやっぱり訳の分からん値になる・・・しかし調べるだけ無駄だな。

・・・ってことになるようだ。うーん,直接Vincentさん(上記bug?を最初に報告)に当たっておけば良かったか。ま,一安心・・・でもないな。そんなんじゃ恐ろしくてワシの研究では使えないじゃん! Fixされるまで我慢するしかなさそうだなぁ。え〜ん。

 うげ,今やっている計算の多倍長部分も問題含みじゃん(上記bugもどきとは無関係)。明日また資料調べなきゃぁ。こんな面倒だから,Ferrari法って実装されないんだな,納得。

 とりあえず今日は寝ます.

Posted by tkouya at 10:42 PM

February 23, 2008

2/23(土) 掛川・晴後曇

 午前中は穏やかな日和だったのが,午後に入ると一転,強風が吹き荒れてきた。低気圧が日本列島を発達しながら駆け抜けている最中のようである。明日には鉄壁な冬型の気圧配置が完成するらしい。あー,昨日秋田から戻ってきて助かった。

 マンションがようやく完成したらしい。

mansion20080223.jpg

 来週内覧会の予定。問題なければ3月第三週には引っ越せるはずだが,さてもう一波乱あるのかどーか。現在ネットワーク配線に問題が生じており,元々はワシ専用の光ファイバが引けるはずだったのが,どーも配管に余裕がないらしく(事前に聞いていた話と違っている),他の皆さんと共用のVSDLを使わざるを得ないかもしれないとのこと。ワシは構わんのだが,ガンガンWeb RobotやらBitTorrentやらを使うことになるので,他の皆様にご迷惑をおかけする可能性大。何とかしてくれと泣きついているところである。さてどーなりますやら。作りつけの本棚だって50万とか言われちゃったし。そんな金あるかっ!
 つーことで,3月下旬までは環境激変モードに入るので,更新したりしなかったりになります・・・っていつもと変わらないやん。

 恥ずかしながら・・・等という余裕もなくなってきたので,とうとう英会話教室と契約をしてしまった。全国展開している所なのだが,うーん,こんなに勉強させるところだとは思わず,ちょっとブルー。いや,教育者として,最も効果的なのは受講者本人の自学自習だということは百も承知なのだが,いやはやこれほど詰め込まれるスケジュールが組まれてしまうと,テキトーにbroken Englishを使ってきた三日坊主じゃない中年男としてはひるんでしまう。早速山ほどDVDだのCDだのテキストだのを押しつけられて,今週からLesson開始。無事一年続いたら奇跡である。
 しかしこうなると使ってみたくなるのも人情って奴で,早速SIAM(一応正会員)かICNAAMか,変な奴が紛れ込んでも目立たない大規模集会を物色中。やっぱりアメリカ本土で揉まれた方がいいかしらん?

 さて風呂入って紀要原稿をでっち上げてから寝ます。T君との共著原稿の方はStackに積まれちゃったので,当初の予定通り,月曜日に着手します。もうちっと待っててね~。はーしんど。自業自得なんだけどさぁ。

Posted by tkouya at 6:56 PM

February 22, 2008

2/22(金) 由利本荘->掛川(予定)・快晴

 研究会三日目。冬の日本海にはあるまじき快晴である。鳥海山もきれいに見える。・・・って,写真がないと説得力がないな。泊まったホテルの最上階からはきれいに見えたのである。でも富士山の迫力には及ばないな(based on 静岡県民感情)。

 昨日の研究会でちょっとお問い合わせがあったので,PROFIL/BIAS(C/C++ 区間演算ライブラリ)をご紹介する。Int4SciもこれをScilabに載せたものなので,C/C++ネイティブユーザはこちらを使うのがよろしかろう。
 ところで,このライブラリは64bit環境では問題があって動かないらしい(下部の注記参照)。もしかして先日のアレも関連があるのかな?

 昨日の夜は今回の研究集会の主催・O先生の還暦祝いがあった。

ode-jp2008-dinner.jpg

 うーん,感慨深い。ワシも年を取ったものである(そっちかい)。途中,イロモノ的挨拶をさせられたような記憶があるようなないような。忘れて下さい>参加者一同

 帰宅は本日夜になる予定。快適なネット環境から離れるかと思うと,ちと寂しい。早く自宅も光ファイバにしたいのだが,それもこれもあの(以下1MB略)。では。

 まだ秋田空港である(16:30)。ゴールドカード会員はタダで使えるラウンジにいるのだが,続々と飛行機の遅延情報が届いている。ワシは17:50発の羽田行きに乗る予定だが,無事飛ぶのかな? それまで紀要原稿でも書いておこうっと。成績のお問い合わせを頂いているが,到着まで待っててね>該当者現在2名
 三島親父が来なかったせいで,ワシがクロージングの挨拶をさせられたような気もするのだが,よく覚えていない。皆さんも忘れて下さい。

 さて,いつになるか分からない出発時間まで仕事しますか。

Posted by tkouya at 7:56 AM

February 21, 2008

2/21(木) 由利本荘・曇

 どんよりした冬の日本海側(裏日本ってのは差別用語だっけか?)の典型的な日。昨晩はちょろっと雪が降ったようで,きれいな雪化粧風景をホテルの窓から見ることができた。

snow_view20080221.jpg

 見るだけならチレイねとか言っていれば良いのだが,寒いのはイヤ。静岡暮らしもそろそろ10年ともなるとすっかり体がなまってしまった。

 まだ出かけるまでに時間があるので,ダラダラ話を続ける。今回は全日空のスキップサービスを使ったのだが,航空券がない上に搭乗手続きも不要なので,空港に着いたら即,手荷物検査場に直行することになる。そこでようやく搭乗口案内なるレシートを渡され,どこで乗れるかが分かる仕組みになっている。で,乗る直前に搭乗券が渡されて着席位置の確認も出来るという次第。

gateinfo_boardingpass20080221.jpg

 左の細長いのが搭乗口案内,右の太いのが搭乗券である。航空券がないのはいいのだが,紙の消費量が減ったとも思えない。以前は航空券の半券を搭乗券として使っていたし。航空券廃止は国際的な流れのようだが,誰にメリットがあるのか,よく分からん話である。

 ぼちぼち出かけます。

Posted by tkouya at 8:04 AM

February 20, 2008

2/20(水) 掛川->由利本荘・晴後雪

 秋田に来ている。浜松の本日の最高気温は15℃になるというのに,ここ秋田空港は0℃という。さぶっ。おまけに使用する飛行機の到着が40分遅れ。

delay_airplane20080220.jpg

 更に秋田空港では霧のため,一度はlandingしようとしたが果たせず,鳥海山の上をぐるぐる旋回して待機させられ,到着したのは30分後。うーん,同じ飛行機にはワシと小生御大が乗っていたのだが,そのためにワシの普段の行いの悪さが影響した可能性が高いことが明確となったのである。もちろんもう一つの可能性を考えない訳ではないが,世の中には言ってはならんこともあるのである。うん。

 つーことで明日の講演に備えてドタバタとPPTファイルを作って,今日は大人のおつきあいをして寝ます。

Posted by tkouya at 5:32 PM

February 18, 2008

2/18(月) 掛川・?

 うはー,はっずかし〜。例の問題について情報を集めるための投稿をNA Digestにしたのだが,Sincerely yoursの綴りを間違えてしまった(泣)。まあ,英文自体がズタボロなので,流れない可能性が大だし,流れたら流れたで,何なるワシのケアレスミス(だったら逆にありがたいぐらい)なことが分かってもっと恥かいたりして,どっちにしろ全世界的にバカをさらすことになるやもしれず,ここは開き直るしかないのである。
 しかし,今日も試してみたが,Fedora 8 x86_64環境でも同じくダメだったし,どこの問題かさっぱり分からないので(gcc? glibc? kernel?),恥かいても原因が分かれば良いのである。Linux user MLかなぁとも思ったが,これは原因がLinuxにあることが分かってからでいいかと。つーことで情報お待ちしております。

 卒業判定会議終了。幸谷の所は指導がなっていない上に内容もヒドいので卒業は全員半年延期ということもなく,あっさり(でもないか)終了。ご卒業おめでとうございます>単位が取れた人 only

 さて,秋田行きの準備・・・全然ダメだ。でもこんくらいはやっておかねば・・・ということを今からやります。

Posted by tkouya at 6:10 PM

Strange Phenomenon of Cosine function on Linux x86_64 + gcc env

The below article has been submitted to NA Digest (So, it would not be received ...). Japanese version of that can be read here.
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Dear NA digest subscribers,

I am in trouble about the problem on cosine function in IEEE754 double precision.

On Fedora Core 4 or CentOS 4/5 x86_64 env, I ran the program which included the function below in 4 different rounding-modes (RN, RZ, RP, RM) in order to know amount of round-off error.

double cos_rmode(double x, int rmode)
{
int current_rmode;
double ret;

current_rmode = fegetround(); // get current rounding mode
fesetround(rmode); // change rounding mode
ret = cos(x); // cosine function
fesetround(current_rmode); // restore rounding mode

return ret;
}

As a result, very different values of cosine func at x >> 1 are obtained like:

cos( 5.04710873550435011e+01) =
RN, RZ: 9.78937668119415738e-01, 9.78937668119415627e-01
RP, RM: 5.55012195441045186e-01, 9.78937668119415627e-01

cos( 5.48598775598298900e+01) =
RN, RZ: -1.17720272477898139e-01, -3.04940663255730016e+00
RP, RM: -1.17720272477898139e-01, -3.04940663255730016e+00.

The underlined values above are incorrect.

In the RN mode, the cosine function always returns correct values, but incorrect and very different values in other 3 modes. If you want to check this phenomenon on your env, you can download my sample program from:

http://na-inet.jp/weblog/archives/test_cos.c

By trying to run the above "test_cos.c" on 32bit and 64bit Linux environments around me, this phenomenon could not be found in 32bit env such as Pentium 3/4 and Mac OS X 10.4 + Xcode + Core2Duo.

I will appreciate your sending the information about this problem if you have anything.

Sincerely yours,

--
Tomonori KOUYA
http://na-inet.jp/

Posted by tkouya at 5:31 PM

February 16, 2008

2/16(土) 掛川・晴

 どどどどどどわーーーーーーっ。何だこれ,何だこれは〜。全く同じ引数を与えてるのに,丸めモードによって全く違う値が出るではないかーーーーーーっ!!!!

cos( 2.15050720034533157e+02) = 1.47832900163407915e-01 (3.0e+00, 2.1e+01)
RN, RZ: 1.47832900163407915e-01, 3.17951687246473957e+00
RP, RM: 1.47832900163407915e-01, 3.17951687246473957e+00

 ちなみにサンプルプログラムはこれ。この結果はFedora core 4 x86_64 + Athlon64 X2 3800+ + gcc 4.1.1でコンパイルしたプログラムが出力したものの一部である(全体はこちら・極端にでかい差が出た時のみ4モードでの値を表示)。どうもPentium D + CentOS 4 の環境でも同じ現象が発生するようだ。MacOS X 10.4 + Core2Duo + Xcodeの環境ではこの現象は再現しない(結果はこちら・エラーなしなのでcosの値のみ表示)。32bit環境だと無事で,64bit環境特有のバグとか? しかし検索してもそんな現象はどっこも報告されてないようだしなぁ・・・。
 結果を眺める限り,デフォルトのRN(Round to Nearest)モードでは常に正常値であり,他の3つのモードでおかしくなるようだ。うーん・・・?

 どーりでワシの代数方程式のルーチンも,GSLのルーチンも結果が変だと思ってたんだよなぁ。まあワシのミスではないことが判明したが,cos関数なんて基本的なものでこんな重大なbugがあっちゃ困るんだよなぁ。しかも計算機誕生の黎明期ならともかく,21世紀になってるってのにさぁ。

 さて,誰に聞けば良いのかなぁ? GSL MLでもMPFR MLでも畑違いだし・・・とりあえず,NA-Digestに投げて聞いてみようかなぁ。

 原因が分かって一安心なんだけど,暫くはワシの64bit環境ではおっそろしくて三角関数が使えないぞ〜。どうすりゃ良いんだ全く。秋田行きまでもうちっとだってのにさぁ。

 頭を抱えつつ寝ます。

Posted by tkouya at 8:11 PM

February 13, 2008

当たり前のこと四か条

 以前,サーチエンジンの検索結果の履歴をよく観察した結果,Webページのアクセス数を増やすことができたというコラム記事を書いた。あれを書いたのは去年(2007年)だが,今年(2008年)に入ってからはさすがに一時期のSEO/SEMブームという乱痴気騒ぎも落ち着いたようで,考えてみれば社会活動のすべてをWeb上で展開している一部の企業や人ならともかく,普通の人はせいぜい一日に数回メールチェックをするか,暇つぶしにWebを眺めるかというぐらいであるから,サーチエンジンの検索結果が多少上下しようと日々の活動にはあまり影響はないのであるからして,至極当然のことである。
 それでもやっぱり世界中の万人から閲覧することの出来るメディアを持っている以上,ある程度は目立ちたい,注目されたいと思うのは人情である。blogの世界でもアルファだのベータだのガンマだのと格付けされたbloggerが出てきたようだが,彼らとて,記事を書く以上は他人から全く無視してほしいなどとは思っていないだろう。ホントにそう思うなら,SNS内で閉じて遊んでいればいいわけだし。
 そしてワシもアルファには遠く及ばず,せいぜいカイ(χ)bloggerってところだが,やっぱり自分の書いた記事がどう他人に読まれているかは気になるのである。とはいえ,今更track backやcommentを求めるのも面倒だし管理もしたくないし,せいぜいサーチエンジンで検索して,どのぐらいの順位にワシの記事が出るかをチェックするぐらいが関の山だ。すると,さすがにエントリが1000も超えるとチラホラとワシの記事に言及したり非難したり賞賛したりしている記事が見つかったりして嬉しかったりするのである。褒められることはもちろん嬉しいが,非難されることも同じぐらい嬉しかったりするのが不思議だが,コミュニケーションが取れているという点ではどちらも同じ,いやむしろちゃんと読んでくれているからこそ非難できる訳だから,後者の方がありがたかったりする場合もあるのである。
 そんな訳で,暇にあかせて,あるいは現実逃避(こっちの方がずっと多い)の一環として,チマチマと検索しては喜んでいるワシなのであるが,そういうことを繰り返していると,経験からしか学べない下位じゃないχブロガー(どっちにしろ同じことだが)も,少しは常識というものが蓄積されてくるのである。
 で,書いてみたのが下の四か条であるが・・・,こうしてみると「当たり前じゃん」と言われるようなことばっかりなのだが,この世の中はいかに当たり前ののことをしっかりやるかで評価というものが全然違ってくるものなのであるからして,当たり前のことを何度も再確認しておくことは大事なのである。
 つーことで,経験則から得た「当たり前のこと」をつらつらと書いてみたい。

1. blogの更新はマメにやるべし
 何を今更だが,やっぱり今も昔もマメさは重要度ナンバーワン。サーチエンジンにデータをせっせと蓄えてくれるWeb robotの来訪間隔は,平均blog更新頻度で決まる。従って,毎日更新されるblogと,数年もほったらかしの静的HTMLサイトでは,更新してもそれが反映されるまでの時間は全く違う。最新情報を掲載しても,それが一月後にようやっと検索に引っかかるようでは全く役に立たない。

2. 書きたいことを書くべし
 あなたが秋元康並みに流行に対する感度が高いというなら別だが,普通の市井人の知恵など,笑止千万,ましてや未来予測などできっこない。注目されたいと思うが故に好きでもない流行物に振り回されるぐらいなら,どっしり構えて書きたいことを書くべし。この世の中,いろんな趣味嗜好の人間がいるのだから,どっかに照準を合わせて・・・なんてやってられない。見えない不特定多数相手には我を通すのが一番ストレスが溜まらないやり方である。
 ま,我を通したら世間から猛反発を食らうって方もいらっしゃるようだが,それはblogとは別の次元の問題である。

3. 思いついたことはなるべく早く書き残すべし
 どっかの団塊親父みたいに,文章はじっくり煮詰めて万人に恥ずかしくない内容にしてから公表する・・・なんてのは,あーた,馬鹿げている。質の向上は量をこなした先に訪れるのである。論文だって文学的美文だって,まずは練習しなきゃ書けるわきゃない。ましてや森林資源の無駄遣いには直結しないblogである。書いて書いて書きまくるのである。そして,間違った!失敗した!と思ったら,後から書き直せば良いのである。書き直しはみっともない? バカモン! みっともなさこそbloggerの醍醐味である。多いに楽しむべし。
 そして,書いたことをすぐに公開すると,1で述べたように,更新頻度が上がり,サーチエンジンへの登録時間が短くなり,同じような内容を書いた記事が少ないうちに人の目に触れる確率が増えるのである。χ bloggerの書いた記事など,あっという間にもっと上位のbloggerの記事に押しやられるのがオチ。どーせ流されちゃうのなら,競争率が少ないうちに書いてしまえ!検索に引っかけちまえ!

4.書いた記事はURIを変えずに長期に渡って保存すべし
 1と矛盾するようだが,一度書いた記事をずーっと保ち続けるというのは,実は3と同じ効用が期待できるのだ。
 Webサイトは案外URIの寿命が短い。人気というは訳の分からんもんで,ことにWebしか見ていない輩は視野狭窄になりがちであり,ちょっと気に入らないことがあると総スカンで非難したりして,あっという間に人気サイトが落ち目になったりする。ことにWeb以外の社会活動をしていないbloggerほど転落は早い。下手に人気のあった自分のサイトがそういう目に遭うと人間そう強くないもんで,早々に撤退してしまったりする。人気のないサイトならなおさらそうで,ちょっとデータは古いが,一月ぐらいで半分以上の人が更新をやめてしまうという話もある。もちろん続ける人もそれなりにはいるが,それとて一年,二年・・・と経つうちに,どんどん淘汰が進むのである。
 で,最初は検索しても全然出てこなかった記事が,数年経つとあら不思議,いつの間にやら上位に出てきたりするのである。ま,所詮は古い記事であるから,眺める人の数もそれほど期待できないが,こういう古典記事の「チリ積」的効用は侮れないものがある。そして古典記事となればなるほど,そのうちどんなものが良く閲覧されるようになるかなんて,流行予測より更に分からない。だからこそ,2で述べたように,書きたいことを書いておくのがベストなのである。後悔しない上に,そーゆーものが「掘り起こされる」という喜びは何者にも代え難いものがあるのだ。

 ・・・とゆーことで,コミュニティ機能を果たしていないblogを長く続けるために心がけるべき「当たり前のこと」を四つ,書いてみた。結局は「人に見てもらう→嬉しい→嬉しいからまた書く→更新が頻繁になって,長く書き続けることが出来る」というモチベーション維持が出来るシステムを作り上げるってことに尽きる訳だが,それすなわち最高のSEO/SEMってことになるんじゃないのかなぁ。してみれば,SEO/SEMなんて,当たり前のことを如何にちゃんとやるかっていう,これもまた世間的な常識の範囲の話に過ぎないのであろう。乱痴気騒ぎが落ち着いたのも,結局は当たり前のことをするだけっていうことに皆が気がついたってことも一因なんだろうな,きっと。

Posted by tkouya at 7:33 PM

February 11, 2008

群ようこ「音の細道」幻冬舎文庫

[ Amazon ] ISBN 978-4-344-41096-1, ¥457

otonohosomichi.png

 まずは上の写真を見て欲しい。あなたはこれを見て,違和感を覚えるだろうか? いや,地縛霊とかそーゆー話ではない。・・・分からない?
 無理もない。
 確かにこの写真だけではよく分からないだろう。しかし,手にとると・・・おおっ,これは!・・・となるのである。

 ワシはいつもの群ようこエッセイを読むつもりで買っただけなのに・・・。それが,一冊の文庫を巡る,ミステリーの始まりだったのです(大げさな)。

 本書は幻冬舎の広報誌「星々峡」に連載されていた,音楽にテーマを絞ったいつもの群ようこエッセイ集である。大体は連載時にリアルタイムで読んでいたのだが,この度文庫化されたのを機に購入したものだが,今回は内容ではなく,本書の外観のみ語ることにしたい。内容なんて,群ようこであるから,今更ワシがあれこれいうこともないっしょ(なげやり)。いや,面白いのは確かなので,その点は誤解なきようお願いしておく。

 掛川の書店の文庫新刊コーナーに平積みになっていた本書を手に取り,レジに向かう途中,ワシは違和感を覚えたのである。
 違う。何かが違うぞこの文庫。
 あれ・・・?
 小さ・・・い?
 いや,文庫だもんなぁ,そんなことないよなぁ。各社統一サイズだし,ワシの感覚が狂ったのかな? 
 ・・・と,まあ自分を納得させて,家に戻ったのである。
 しかし,枕頭に置いて寝る前に読み始めると・・・やっぱり変なのだ。明らかに・・・小さいのである。で,実際に他社の文庫と比べてみると・・・

 ああっ,何ということだ! 文庫が,文庫が・・・・

縮んでいるっ!(悲鳴)

 まずは,論より証拠。これをご覧あれ。比較対象に使ったのは集英社文庫の森まゆみ「寺暮らし」である。これも面白いちゃぶ台エッセイなので是非お勧め・・・ってそれはそれ,これはこれ。話を戻す。

 高さはご覧の通り,同じである。

longitudinal.png

 しかし,正面から見ると・・・

frontside_otonohosomichi.png

 あ,ずれてる。

 更に拡大してみると・・・

transversal_otonohosomichi.png

 やっぱり,横幅が5mm程足りないのである。うーむ,伊達に十数年間に渡って文庫を読んでいなかったのだな。持っただけで違和感を覚えたワシの感性は鋭い。褒めて欲しい。

 しかし謎だ。単に造本が間違っているという話ではない。平積みになっていたこの文庫は皆同じサイズだったように記憶している。幻冬舎文庫はあまり買う機会がないのだが,皆このように横幅が狭くなっているのだろうか? 今度本屋で試してみよう(迷惑な奴)。

 しかし謎である。あの見城徹のことだから,コレも何かの仕掛けなのかな,という気もするが,意図がさっぱり分からない。どなたか事情をご存じの方に,是非教えて欲しいものである。

Posted by tkouya at 10:22 AM

February 10, 2008

2/10(日) 掛川・快晴

 ピーカン晴れ。最高気温は10℃まで上がるんだそうで,ここんとこフル稼働状態が続いていた灯油ストーブもつかの間のお休みを楽しんでいる。当方としても財布が助かるのでありがたい。そーいや石油価格は高値安定が定着しましたな。本来ならもう灯油とは縁の切れた生活を送っているはずなのだが,どっかの×××××××のせいで延び延びになっているのであった。そこんとこを見透かしたように,某マンション営業の方から連絡,是非見てくれと勧誘を受けてしまう。うーん,見に行ったら最後のような気もするし,しかしいつ出来るのかも分からんところをいつまでも待つのもイヤ。心千々に乱れる三連休の中日なのでありました。

 ・・・何書こうかと思ったんだっけ。ああそうだ,いっぱいあったんだ。どーも近頃健忘症でいけません。それもこれも全ては団塊親父どもの策略に悩まされているからである。そのうちまとめて返り討ちして差し上げるので,首洗って待ってろよ>該当の方々

 えーと,第37回数値解析シンポジウムの開催告知が出ました。事情があって,生憎SACSIC2008とぶつかっておりますが,数値計算・数値解析寄りの研究発表を考えておられる院生さんなどおられましたら,こちらへのご参加をご検討いただけると幸いです。ポスターセッションも予定してるので,夜のシンポジウムに加えて更なる深い議論が交わせると思います。是非とも周囲の方々にも告知して下さいませ。
 ・・・っと,営業トーク終了。
 で,ですね,何で幸谷なんぞが実行委員に名前を連ねているのかということは聞かないで欲しいものである。いーじゃん,小間使いは多い方がいいのっ!
 あ,そうそう,連絡先のメールアドレスですが,実行委員全員へのエイリアスになってますので,ここにメールを送られる際にはお気を付け下さい。いや,色々読めて楽しんですが,内容次第ではワシのblogネタになりますので,そこんとこよろしく。

 あと何だっけ。そうそう,OpenIDに有力者が次々加入ということのようだ(Internet Watch)。まー,CAなんて所詮空手形に過ぎないってな事例も出てきちゃったし(/.J),結局認証の分野もサーチエンジン同様,有力者による制度の寡占化が進むってことか。

 ふーん,Ubuntuが伸びてるって感じはあったけど,そーゆー理由があったのか(やじうまWatch)。ハードウェアはともかく,OSに新味もTuningの進展も見られないMacよか,安定性さえ確保できるならLinuxの方がいいかも。

 さていい加減,秋田行きのお仕事をしっかりやらねば。つーことで仕事しま〜す。

Posted by tkouya at 2:05 PM

February 9, 2008

一本木蛮「戦え奥さん!!不妊症ブギ」小学館

[ Amazon ] ISBN 978-4-7780-3501-3, ¥952

ippongiban.png

 単なる偶然ではあるが,本書が発売されてすぐ,ある人気女性シンガーが深夜番組で「35歳をまわるとお母さんの羊水が腐ってくるんですよね」と発言したことが事件になった。この発言事件の前に厚労大臣の失言が国会等でやり玉に挙がったが,その時は概して世間の反応は冷静だったのに対し,今回の事件は市井の人々の中に相当な深い傷を残したようで,そのシンガーの活動は当分自粛,担当ディレクターも処分を受けるという,関係者一同総懺悔という状態になった程である。
 ワシは本書を読了し,一本木蛮は今回の発言をどう受け止めたのか,それが一番気になった。今のところ特に公式な反応はしていないようだが,本書は続編が予定されているらしいので,ひょっとするとそこには掲載されるかもしれないし,スルーしているかもしれない。いや,一本木のような真面目な大人の女性のことだから,多分,反応したとしてもそれは怒りとしてではなく,深い悲しみを伴ったものになるのだろうと勝手に想像している。
 それは本書で描かれている,長年に渡る不妊治療の悲喜こもごもを知れば,納得して頂けると思う。不妊治療に関する本や当事者の体験談などは既に山程出版されているに違いないが,ワシは生憎未見であるので,そういうものがどういう傾向を持っているかは全く知らない。しかし多分,その中でも本書は相当な異色作だと思われる。著者自身の体験談という以上に,優れたエッセイ漫画としてずば抜けた出来であるからだ。

 一本木蛮のエッセイ漫画が面白いということは,「じてんしゃ日記」を競作した高千穂遙が保証している上に,「じてんしゃ日記」自体がそれを実証しているから,今更繰り返す必要もないだろう。しかしどこがどう面白いかはもう少し詳細に説明する必要がある。以下の記述はワシの主観に基づくものだが,なるべく大方の納得が得られそうな所を取り上げてみることにしよう。
 第一に絵が魅力的だと言うことが挙げられる。ワシは一本木デビュー当時の少年漫画を読んだことはないのだが,丸っこく可愛い絵でありながら抑揚の強いペンタッチであるというのは,まさしく往年の少年漫画のそれである。漫画の絵からペンタッチが抜け,抑揚のない線が主流になってきたのは,とり・みきがサインペンを使い始めた1980年代後半からの流れだと思われるが,21世紀に入ってからは逆にペンタッチの抑揚が強まってきたように思われるのだ。その意味では,一本木の力強く,それでいて滑らかなペンタッチの絵は,流行の荒波の中を一回転して結構先端に押し出されたものになっているのだろう。
 第二に,そういう可愛らしい絵で描かれる世界は極めて上品であるということが挙げられる。ワシにとってはケバいコスプレイヤーのねーちゃんとしての一本木のイメージが強烈だったので,ヤンキー系の人かと思っていたのだが,前作「じてんしゃ日記」も含めて,不良っぽい香りが全然しないし,スケベネタも健康的かつ健全なものになってしまっている。手塚治虫は矢口高雄の作品を評して「上品」と言っていたが,曲がったところが皆無な矢口の描く世界と,一本木の作品とは通じるところが多いように思われるのだ。
 第三に,情報量の豊富さを指摘しておきたい。優れたストーリー漫画を描ける作家のものでも,ことエッセイ漫画となると情報量が極めて少ないスカスカの作品になってしまうことがある。白く抜けた絵で短いページ数で体験談を描けばエッセイ漫画になるという勘違いが原因だろうが,物語を進めることが目的のストーリー漫画とは質の違うものだという認識は最低限必要だ。読者はエッセイ漫画に「現実感」の皮を被せて読むのであり,作品はそこに寄りかかって構わないが,その現実感の導入の手助けをするための「情報」はふんだんに盛り込まねばならない。自分を中心としたしみじみエッセイなら周囲の景色を的確に描き,体験記なら5W1Hは不可欠だ。本書は一本木自身の不妊治療体験記であるから,不妊とはどのようなものか,夫婦,特にダンナはどのように協力すべきなのか,どのように治療されるのか,やれば必ず治癒,つまり妊娠できるものなのか・・・等々,描かねばならない情報は大量にあるが,本書にはそれがもうてんこ盛りに詰まっているのだ。てんこ盛り過ぎてちょっと重いかなとも思うが,それだけ本人も,同じ不妊に悩む女性もダンナも,知りたい,知らねばならないことが多いという証でもある。重いテーマをノンフィクションとして過不足なく描くための誠実さもまた,この情報量によって裏付けられているのである。

 中年男のワシは,不妊治療というものが女性にとってどういう体験なのかということがよく分かっていないし,本書を読んだからといって,分かった,などと軽々しく言えるものではない。言えるものではないが,しかし,「軽々しく言えるものではない」ということは理解したつもりである。正直言って,この先,一本木夫妻に子供が授かるかどうかは分からないが,身を持って体験したことを優れたエッセイ漫画として世に出した功績に対してはそれなりの報酬があってしかるべきではないか,とワシは願っているのである。

Posted by tkouya at 10:41 PM

February 8, 2008

2/8(金) 掛川->浜松->掛川・晴

 ピーカン晴れ。でも空っ風はそれほど強くはない。遠州名物もここんとこ少なくなった。森の石松はさぞや地獄で(天国に行くような輩ではない)悲しんでいることであろう。

 本日は朝から返信とお仕事が必要な重大メールが二通も届く。・・・見なかったことにしよう(^^;)。

 とゆー訳にもいかないので,しこしこと書類書きと返信。みゃーセンセー,調書の書式よろしくですぅ~。

 で,もう一通の方。Int4Sciのバイナリバージョンが出来たというご報告を頂く。で早速試す。

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 おおっ,ばっちし。しかしソースからのコンパイルは相変わらずこけるなー。もうちっと実験が必要だが,区間演算するだけならバイナリ使うだけで十分なので,ありがたや。そのうち日本語紹介ページを作ります~>Int4Sci開発陣

 おおっと,そろそろ定期試験のためにS岡大へ行かなきゃ。んでは。
 ただいま。いや〜,まさか次年度も引き続き後期に非常勤をやらされるとは思わなんだ。だって全然連絡ないんだもの。今日,書類を届けに来られた先生に「来年度はないんですよね?」と確認を取ってもらったら先方の学科長が慌てて来られて「実は2コマに戻して水曜日にやってもらいたい」と来たモンだ。
 ええっ聞いてないよそんな話,ってんですったもんだしたあげく,「うちの方でOKが出なかったら諦めてね」ということで落ち着く。しかし敵もさるもの,最後は自信ありげな笑顔で去って行かれたのであった。何せうちの××はここの××だった人なので,ということなのだ。あ〜,大人って汚いっ! 38にもなってこんな台詞を吐かせる程,上の世界は小難しいものなのである。まあ最悪,引き受けちゃったJ学部の分は死守しますんで,よろしくお願いいたしまする>M先生
 しかしなぁ,非常勤に必修科目を担当させるってすっげーリスキーだよな。いいのかね,しかもJABEEクラスだって・・・(J学部じゃない方の話)。二コマになっちゃったのも,JABEEのご指導のせいだって言うし,全く,JABEEなんてろくなもんじゃねーな。
 しかし教員の方には負担がかかるとはいえ,最近の注目されるようになったニセ学位問題なんてのを考えると,ちゃんと講義に出てレポートも試験も受けてこの水準の知識は付けていますってな証拠物件付きの品質保証(イヤな言葉だね)をすることは,この先もっと求められていくのだろうなぁ。あー面倒な世の中になりましたねーだ(誰に言っているのか)。

 4時間程非常勤講師室で粘ったら,120枚の定期試験の採点が終了してしまった。いつもは大体1週間程うだうだしたあげくに厭々点数を付けていたのだが。つーことで,もう問い合わせしてもらってもいいですぜ>受講生の皆様 既にお二人に返事はしたし。
 しかしなぁ,120人も受験して,単位を落としそうな人数が一桁台ってのはどうかと思うぞ。じゃ,楽勝科目かというと,そうでもないらしい。某学生さんなどは,最後の講義の後の居残りの時間,ワシの面前で小レポートを仕上げた後,「あ〜これで訳の分からん授業から解放される〜」とでかい声で仰られていたしな。「そーゆーことはワシが居ない所で言え!」と教育的指導はしておいたが。理由を聞いてみると,結構面倒な計算をさせる上に,対象とする問題が毎週変わるので思考が付いていけない,ということであった。なーるほどね。
 今回の試験では「フェイント」が効いて,満点続出という情けない事態は避けられたので,平均点数は70点ぐらいじゃないかなぁという感じ。まあこんなモンでしょ。口うるさいが,単位に関してはアマアマな教師なのでありました。

 つーことで寝ます。

Posted by tkouya at 9:28 AM

February 7, 2008

羽崎やすみ「リリカル・メディカル」ウンポココミックス(新書館)

[ Amazon ] ISBN 978-4-403-61880-2, \530

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 細く長くしぶとく生き残るマンガ家という存在は貴重だ。
 何故か? 理由は二つある。
 一つは,何百万部も売れる大ヒット作を出し,高額所得者にならなければマンガ家に非ず,という1970年代から80年代,いや90年代半ばまで続いてきた庶民幻想を打ち砕いてくれるからである。「儲からないしヒット作もないけれど,プロのマンガ家は続けられる」という証明をしてくれるのだ。
 二つ目は,生き残った理由だ。一言で言うと,個性,格好良く言うと「作家性の高さ」というものがそれなのだが,この場合の個性というのは様々なバリエーションを持っている。脂ぎっている個性もあれば,脂ぎっていると見せかけている努力が個性になっていることもある。概してアクの強いのが個性,ということが多いのだが,羽崎やすみの場合はそうではない。むしろアクのなさこそが個性というべきもので,彼女の場合は大衆演劇の持つ「ベタさ加減プラス大衆性」というものに近いもののようだ。これについては後で再び触れる。
 この二つの理由によって,羽崎やすみの十数年のマイナー商業誌キャリアは貴重なものと言えるのである。

 羽崎やすみは,代表作というものを持たずにデビュー以来十数年,マイナー雑誌を転々として来た作家である。もしかすると,いまでも同人活動(羽柴シスターズ)の方が,盆と年末に東京ビッグサイトに集う数十万人の間では著名かもしれない。ワシは大手サークルの行列が嫌いなので,同人誌の方でどのような活動をしているかはよく知らないのだが,昔読んだ,どこかのアンソロジーに収められた作品(サムライトルーパーのパロディだったかな?)を読む限り,羽崎の作品は同人誌でも商業誌作品同様,全く同じテイストの大衆演劇的コメディであったと記憶している。シリアス作品もあったと思うが,面白かったのはやはりコメディの方である。しかもやおい(現・BL)臭は皆無であった。
 従って,ワシが羽崎作品を熱心ではないが折に触れては読むようになったのは,1991年のコミックスデビューからである。

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 写真でも分かる通り,このコミックスでは羽崎「安実」名義となっているが,間違いなく今の羽崎やすみのデビュー作(更級日記の方が先)である。余談だがこの「NHKまんがで読む古典」シリーズは,1990年代当時の腕っこき同人作家に執筆させた,担当者のシュミ全開(?)の貴重な作品集になっている。くそぅ,鳥羽笙子の源氏物語は買っておくべきだったと今でも後悔している程である。

 羽崎の画力は決して高くはない。普通の美形を描かせると,少女漫画テイストではあるが,かなり地味な顔になってしまう。絵も決してきらびやかではなく,かなり地味。ファッションには全く自信がないということは本人も自覚しているようで,どこかのコミックスのあとがきマンガでそれを嘆いていたぐらいである。しかもコメディ作品内のギャグは相当な「こてこて」である。自分を追いつめるほどの突き詰めたものではなく,吉本新喜劇のパターン化されたそれに近い。まさに見かけはおっさん臭い大衆演劇マンガを十数年に渡って描いてきたのが羽崎やすみなのである。
 しかし,大衆演劇というものがダサいだの芸術性がないだのと批判,というよりは半ば軽蔑されつつも,その伝統は今も途切れることなく続いている。これはつまり,ワシも含めた頭の悪い大衆にとって,高度な芸術的表現などというものよりも,分かりやすい手あかにまみれたユーモアの方がずっと親しみやすいものであることを示している。立川談志がどれほど芸術的に優れた話芸を披露しようと,人気の点では親しみやすい志の輔の芸に敵わないのと同じだ。つまり,羽崎やすみは,どこまで悩んだ結果なのかは不明なれど,同人作品で育んできたバカ大衆向けコメディテイストを延々と維持する道を選んだのである。ワシは,これが羽崎の細く長い活動を可能にした源泉であり,根底には三宅裕司やチャーリー浜の持つ職人的生真面目さがあると考えている。

 最新作「リリカル・メディカル」も,ワシにとっては「いつもの羽崎やすみコメディ」の一つでしかないし,多分,読めばそこそこの満足が得られることも分かっているが,すぐに買って読まなければいけないと言う程の切迫感はなかったのである。しかし,どーも「お馴染みさんのいつもの味」が出されてしまうと気になってしまい,今回出張の合間に大書店を散策中にこれを見つけ,買って読んでしまったのである。で,やっぱりそこには「いつもの・・・」があり,ワシは「そこそこの満足」を得,何だかほんわかな気分を味わってしまったのである。こっ・・・これは,凡人感だっっ!
 そう,予定調和的な大衆演劇を見た後の,何とも言えない「凡人感」,それをワシはしっかりと自覚してしまったのだ。高度な芸術を理解できず,破壊的なギャグに魅力は感じつつも,その先にある破滅の美学に恐れおののいて後退する,それが平凡人の持つ凡人感だ。齢四十を迎える直前のワシは,そんな自分の平凡さを,羽崎やすみと共に,今,噛みしめているのである。

Posted by tkouya at 3:00 AM

February 6, 2008

谷川史子「くらしのいずみ」ヤングキングコミックス

[ Amazon ] ISBN 978-4-7859-2909-1, ¥543

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 漫画家がデビューする場に居合わせる,ということは僥倖である。ましてや,その漫画家が長期に渡って活躍し,ワシの人生と共に歩んでくれるとなれば,バーチャルではあるが,一種の戦友という存在になる。もちろん相手はそんな一ファンのことなぞ知るはずもないから,当方の思いこみに過ぎないのだが,ワシにとっては特別な存在であることは確かである。谷川史子はそんな数少ない存在の一人なのである。
 彼女のデビューの場は集英社の大メジャー少女まんが雑誌「りぼん」だった。「ちはやふるおくのほそみち」という,初々しい少女が描くにしてはオバサンくさいタイトル(小林信彦の小説からの借用か?)の漫画で,古文教師の兄貴を慕う妹の仄かな愛情を,ちょっと荒っぽく,それでいて繊細なカケアミを多用した絵で描いた,不思議な雰囲気の作品だった。ワシは今でもこのデビュー作を含むこの時代の谷川作品が一番好きである。
 りぼんに限らず,集英社という出版社はメジャー路線の王道を突っ走っているにも関わらず,結構,作家性の強い,マニアックな漫画家にデビューの場を与えることを厭わないところがある。個性もまたメジャーに駆け上がるための強力な武器ではあるから,「面白い」と思わせるものを持った若者にはとりあえずツバを付けておこうということなのかもしれない。夢路行も雑誌は違うが集英社の雑誌「ぶーけ」で育っている。谷川も,りぼんの主軸として大ヒットを飛ばすという程ではないが,そこそこの人気を保ち,コミックスを何冊か出した後,ちょっと迷走気味だった集英社の少女まんが雑誌再編成の中でもまれ,マーガレットやぶーけの後継雑誌などで個性の強い作品を描き続けてきた。そして集英社から他社の雑誌にも活躍の場を広げ,この度,少年画報社というメジャー指向を持っていないわけではないだろうが,ぶっちりぎりのマイナー出版社からコミックスを出すに至ったのである。
 しかし谷川は,どこの雑誌でも,どこのコミックスでも,相変わらずの作品を描き続けている。そしてその頑固職人ぶりはヤングキングコミックスでも変わることはなかったのである。

 谷川史子は,一貫して「幸せなカップルの風景」を描いている。しかし決してワンパターンではない。華やかで初々しい画風なのでみんな同じに見えるかもしれないが,ストーリー構成にはかなり変化が見られる。本書は本人曰く「夫婦者しばり」の短編が7つ収められているが,物語の多様さは読む者を飽きさせることがない。ワシは出張先の名古屋でこれを買って読んだのだが,山のような仕事を抱えているにも関わらず,それらをほったらかして本書に耽溺してしまったのである。いや,確かに現実逃避の一環であることは否定しきれないが,四十路目前のオジサンにつかのまの「幸せ」をもたらしてくれたことは事実なのである。
 ワシが一番ぐっときたのは「4軒目・矢野家」の物語だ。一言でまとめると,奥さんを亡くしたばかりの若い男の回想記なのだが,二人で過ごしてきた幸せな日々の回想がサンドイッチのようにストーリーに挟み込まれている。現実と回想のギャップによって読者の感情をひっつかむ仕組みになっている訳だが,これが職人芸的にうまい。ワシはすっかりやられてしまったのである。

 ヤングキング OURSという雑誌は,間違っても女性をメインターゲットにした雑誌ではないはずだが,永遠の少女(by 石田敦子)・谷川に,どう見ても少女漫画にカテゴライズされる作品を連載させるというのはどういう意図があってのことなんだろう? 犬上すくねという成功事例にあやかったのか,破れかぶれなのか,マイナー出版社の考えることはさっぱり分からない。分からないが,確かなのは,谷川史子という希有な作家に活躍の場を与え,傑作コミックスを出版した,ということだけである。これがヤングキングの行く末にどれほど良い影響を与えるのかは定かではないが,日本の漫画文化に一定の寄与をした,ということだけは間違いのない事実なのである。

Posted by tkouya at 7:18 PM

February 3, 2008

2/3(日) 掛川・雨

 東京や大阪は積雪が凄いようだが,静岡は雨どまり。暖かいのはありがたいものである。今年は一度も雪を目撃していない。地球温暖化が進展すると,この先ますます雪から縁遠い地方になりそうだ。

 ん〜,やんなきゃいけないことをほったらかしてきたせいで糞詰まり状態である。こうなるとますますやんなきゃいけないことをほったらかしにする傾向に拍車が掛かり,ますますやんなきゃいけないことをほったらかしにしてしまうのである。
 でまあ,枕頭に溜まった未読本の消化もやんなきゃいけないことの一つなのだが,「漫画ノート」とか「ダンシング・ヴァニティ」とか,更に面白そうな,しかも分厚い新刊本が出てきちゃったので,多分こっちの方がスタックに積み上げられてしまうのである。こうして我が家の未読本は日本の不良債権のように減るどころか,良くて現状維持ということになってしまうのであった。

 で,自宅の床に2次元的に散乱した本を本棚に収めて3次元的整理を行ったのだが,その結果,どうやらワシの自宅分の蔵書量は,スチール本棚4竿では収まらないことが判明したのであった。
 いつ出来るともしれない新居には作りつけの本棚を発注してあるのだが,予算何と50万・・・。しかし,支払う価値は十分ありそうだ。真剣に検討を開始する。

 とりあえず,〆切り目前の仕事から逃避しながら,少しでも面白そうなことから片付けていきます(それが良くない)。

Posted by tkouya at 10:10 AM